研究内容

1. 環境に優しい有機合成反応の開発

有機合成化学は新素材や医薬品・農薬など様々な有用物質を提供することで、現代文明を支えてきた。しかしながら有毒な試薬を大量に用いたり、有害かつ危険な廃棄物を産出するなどの問題点を有するものが多い。そのため、有害物質を用いたり、排出したりしないような環境に優しい有機合成反応(グリーンケミストリー)の開発に対しては社会的要請も強く、重要な研究課題である。我々は環境に優しい有機合成反応を開発するため、毒性の少ない試薬の活用や、酸素酸化、過酸化水素酸化の研究を行っている。 

1-1. 超原子価ヨウ素試薬を用いる新規反応(有合化 2004, 62, 919)

シクロプロパノール誘導体に対して、アルコールや酢酸のようなプロトン性溶媒中で超原子価ヨウ素試薬を反応させると、シクロプロパン環の結合が二箇所切断されて、アルケンとエステル(又はカルボン酸)が生じることを見出した(Tetrahedron Lett. 1995, 36, 6907; Synth. Commun. 1998, 28, 1947; Tetrahedron 1998, 54, 13943)。

本反応を、含窒素架橋双環系化合物に適用することにより、アルカロイド類の不斉合成を行うことができた(Tetrahedron Lett. 1996, 37, 4987; Tetrahedron 1999, 55, 2911)。

本反応を含フッ素アルコール中で行うと、シクロプロパン環の結合切断が一箇所でしかおこらないことが判明した(ITE Lett. 2003, 4, 215)。

1-2. バナジウム触媒を用いる酸素酸化

1-2-1. バナジウム触媒を用いたαヒドロキシカルボニルの選択的結合切断反応

αヒドロキシカルボニルに対して酸素雰囲気下(酸素風船)、アセトニトリルや酢酸エチルのような非プロトン性極性溶媒中で5価のバナジウム触媒を加えて反応させると、αジカルボニル化合物が定量的に生成することを見出した(Chem. Commun. 1999, 1387)。

1-2-2. バナジウム触媒を用いたαヒドロキシカルボニルの酸化反応

αヒドロキシカルボニルに対して酸素雰囲気下(酸素風船)、アセトニトリルや酢酸エチルのような非プロトン性極性溶媒中で5価のバナジウム触媒を加えて反応させると、αジカルボニル化合物が定量的に生成することを見出した(Chem. Commun. 1999, 1387)。

1-2-3. バナジウム触媒を用いたシクロプロパノール開裂反応

シクロプロパノール類に対して酸素雰囲気下(酸素風船)、エタノール中で4価のバナジウム触媒を加えて反応させてやると、環開裂が進行しαヒドロキシケトンとαジケトンが得られることを見出した。本反応では基質によっては過酸化物が得られることも判明した(Chem. Commun 1998, 1691; Tetrahedron 2005, 61, 4831)。

1-2-4. バナジウム触媒を用いた脱チオアセタール化反応

モノチオアセタールに対して酸素雰囲気下(酸素風船)、トリフロロエタノール中で5価のバナジウム触媒を加えて反応させると、脱チオカルボニル反応が進行し、カルボニルが再生することを見出した(Tetrahedron Lett. 1999, 40, 9055)。

1-2-5. バナジウム触媒を用いたチオールのジスルフィドへの酸化反応

チオールに対して酸素雰囲気下(酸素風船)、モレキュラーシーブス存在下で5価のバナジウム触媒を加えて反応させてやると、ジチオアセタールが収率良く得られることを見出した(Chem. Pharm. Bull. 2004, 52, 625)。

1-2-6. 高分子固定化バナジウム触媒

TentaGel S OHという高分子とオキシ三塩化バナジウムを反応させて、高分子固定化バナジム触媒を調製した。本触媒は回収・再利用可能で、各種酸化反応に高い活性を示した(ITE Lett. 2004, 5, 479)。

1-3. 過酸化水素を用いる新規反応

1-3-1. タンタル触媒-臭化物イオン-過酸化水素を用いる有機化合物の求電子的臭素化

タンタル触媒と過酸化水素を用いることにより臭化物イオンを臭素イオン等価体へと酸化できることを見出した。この反応を利用して各種有機化合物の求電子的臭素化反応を行うことができた(ITE Lett. 2004, 5, 279)。

1-3-2. タンタル触媒-ヨウ化ナトリウム触媒-過酸化水素を用いる脱ジチオアセタール化反応

タンタル触媒-ヨウ化ナトリウム触媒-過酸化水素を用いることにより、高収率で脱ジチオアセタール化できることを見出した(Tetrahedron Lett. 2005, 46, 6377)。

1-4. Fe(acac)3触媒とTMSN3を用いるアルコールのシリル化反応

アルコール類に対して、Fe(acac)3触媒存在下TMSN3を反応させると高収率でトリメチルシリルエーテルが得られることを見出した(ITE Lett. 2002, 3, 225)。

2. 生命科学を志向した有機フッ素化学(Yakugakuzasshi 2000, 120, 339)

有機化合物へのフッ素置換基の導入はその母化合物の物性に大きな変化をもたらし、生物活性が著しく変化する場合が多く、特異な生物活性を発現することがある。これらのようなフッ素原子のユニークな性質から、含フッ素有機化合物は医薬品開発や生物科学の分野で注目をあびており、医薬品として実用化されているものも多い。しかしながら含フッ素有機化合物の合成は必ずしも容易ではなく、特殊な反応装置が必要である場合が多いのが現状であり、一般の有機化学者が手軽に利用できる方法は限られていた。このような状況を打破するため、新しいフッ素化反応や含フッ素合成素子の開発研究を行っている。 

2-1. フッ化硫黄化合物を用いた新規フッ素化反応

2-1-1. フッ化硫黄化合物による三級シクロプロピルシリルエーテルのフッ素化反応

三級シクロプロピルシリルエーテルに対して、フッ化硫黄化合物であり、フッ素化剤として用いられるdiethylaminosulfur trifluoride (DAST) を反応させると、一般的には環開裂フッ素化反応が進行してアリルフロライド類が得られることを見出した(Chem. Commun. 1996, 1103)。しかしながらシクロプロパン環上の1位に強力な電子供与基があったり、2位に電子求引基が存在すると、環開裂がおこらずフロロシクロプロパンが得られることが判明した(Tetrahedron Lett. 2003, 44, 8513)。


 

2-1-2. フッ化硫黄化合物による三級シクロブタノールのフッ素化反応

三級シクロブタノールに対してDASTを反応させると、シクロブタン環上の置換基の電子的性質を変えることによって、フロロシクロブタン、フロロメチルシクロプロパン、ホモアリルフロライドを作り分けることができることを見出した(J. Chem. Res. (S) 1998, 652)。


 

2-1-3. フッ化硫黄化合物による環状ケトキシムの環開裂フッ素化反応

オキシムのα位にカルボカチオンを安定化することのできる置換基を持つ環状ケトキシムに対して、DASTを反応させると環開裂フッ素化反応が進行し、フッ素化ニトリル体が得られることを見出した(Chem. Commun. 1997, 599; Chem. Pharm. Bull. 2000, 48, 220)。

2-2. カルボフッ素化反応

アルキンなどの炭素-炭素多重結合のカルボ金属化は有機合成化学上重要な反応である。この反応によって得られた有機金属化合物はさらに各種求電子剤等と反応させることによって活用される。このとき求電子剤として求電子的フッ素化剤を用いれば結果的に炭素-炭素多重結合に炭素官能基とフッ素原子を導入することができ、‘カルボフッ素化反応’というべき反応が達成できる。我々はカルボフッ素化反応の実現を目指して研究を行っている。


 

2-2-1. アルキンのtrans-アリルシリル化体のフッ素化反応

山本らの方法(J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 6781)によって合成したアルキンのtrans-アリルシリル化体を求電子的フッ素化剤Selectfluorと反応させることにより、ビニルフロライドを合成することに成功した(ITE Lett. 2005, 5, 449)。

2-3. 3-bromo-3,3-difluoropropeneの含フッ素合成素子としての活用

2-3-1. インジウムと3-bromo-3,3-difluoropropene(またはその類縁体)を用いたアルデヒドへのジフロロメチレン基導入反応

アルデヒドに対して、インジウム存在下に3-bromo-3,3-difluoropropene(またはその類縁体)を反応させると、求核付加反応が進行してジフロロアリル基(またはジフロロプロパルギル基)を導入することができることを見出した(Tetrahedron Lett. 1997, 38, 2853: Tetrahedron 2000, 56, 8275)。本反応は水を反応溶媒として用いることができるという特徴がある。


 

2-3-2. リパーゼを用いたジフロロホモアリルアルコールの速度論的分割

アルデヒドに対して、インジウム存在下に3-bromo-3,3-difluoropropeneを反応して得られるジフロロホモアリルアルコールに対してビニルアセテートとリパーゼを用いて速度論的分割を行い、光学活性ジフロロホモアリルアルコールを得ることに成功した(Tetrahedron: Asymmetry 2002, 13, 2283)。


 

2-3-3. パラジウム触媒を用いた3-bromo-3,3-difluoropropene(またはその類縁体)への求核反応

3-bromo-3,3-difluoropropene(またはその類縁体)に対してパラジウム触媒存在下に求核剤や有機金属試薬を求核反応させると、様々なタイプの含フッ素有機化合物が合成できることを見出した(Chem. Pharm. Bull. 2000, 48, 885-888)。

2-4.  含フッ素アミノ酸の不斉合成

2-4-1. 光学活性1-アミノ-2,2-ジフロロシクロプロパンカルボン酸の合成

シクロプロピルアミノ酸(ACC)は、果実の生長ホルモンであるエチレンを生合成する際の中間体として知られている。またACCはグルタミン酸受容体のサブタイプであるNMDA受容体のグリシンアゴニストとして働くことが報告されている。我々はACCのシクロプロパン環上にフッ素置換基を2つ持つ1-アミノ-2,2-ジフロロシクロプロパンカルボン酸が興味ある生物活性を示すのではないかと考え、それらの不斉合成を行った。鍵反応はプロキラルジオールのリパーゼによる不斉アセチル化と、プロキラルジアセテートのリパーゼによる不斉加水分解である。前者の反応から得られた光学活性モノアセテートからはR体のアミノ酸を、後者の反応から得られた光学活性モノアセテートからはS体のアミノ酸を合成することができた(Chem. Lett. 1999, 405; Tetrahedron: Asymmetry 2003, 14, 1753)。